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カテゴリ:登山( 26 )

古い写真から 八ヶ岳ミニ合宿(’80.1.13~15)

日曜日に八ヶ岳阿弥陀岳で高校3年生の女の子が滑落して行方不明になった。

ああ、私たちもそんなことがあったなあと思い出した。


何て古いんだろうねえ(笑)。

我が労山山岳会は、他の山岳会もそうだと思うけれど、岩や沢をやるエキスパートと、楽しく稜線縦走をするグループに分かれていて、
ぷーままは、当然、縦走グループ。
時々、ハラハラドキドキの沢に連れて行ってもらったりしたけれど、普段はきっちり組む相手が違って、それでも必ず能力のあるベテランが初心者にもついて行ってくれていた。
正月やお盆の長い休みのときは、会全体でサポート体制をとって集中登山をすることになっていた。

たとえば、北アルプス後ろ立山連峰に登るときなどは、ぷーままの入っているチームは、超ベテランと新人が混じっていて、
難関コースに入ったチームに何かあったときは、超ベテランはサポートに行ってしまい、新人はそこそこの経験者におろしてもらう、と言う体制をとっていた。
そんな体制を使う事なんて無いんだと思っていたのだが・・・



この八ヶ岳のミニ合宿、ぷーままのチーム4人は、体験入会の若い女の子を連れて(男性陣頑張る!)、超ベテランの男子をリーダーにして、将来有望な入会まだわずかの若手男子1名、女の子一人では何なので、そういうわけで加えられたぷーまま(怒らない私は偉い!)の4人グループだった。

確か、渋の湯から登って、一日目は雪の中を歩くのを慣らしながら高見石小屋までだった。
新人の彼女にとって、すべて新品の道具(登山靴、登山ウェア、ピッケル等)を身に着けて、荷物を背負って雪の中を歩くのは初めての経験で、
なかなか足が前に出ない。
ザックの中など、本人の着替えしか入っていないのだが・・・
それを、超ベテランが先頭に立ち彼女のペースを見ながらゆっくり歩き、2番手は彼女、3番手にぷーままが彼女を観察しながら歩き、最後尾を2番手が張るという行進を続けたのだった。



この時期の北八ヶ岳は幻想的で本当に素敵。
ゆっくり一日目を歩いて、高見石小屋の横にテントを張った。

夜、「 あのね、トイレはすっごい遠くに行かなくていいからね。
稜線踏み外したら落ちちゃって、僕ら聞こえないからね。
何にも聞こえないから、小屋のすぐ裏で用足してね。 」

まさかついていくわけにもいかず、リーダーがトイレに行く彼女に必死に言っていた言葉。
彼女がテントから出て言ってかなりの時間がたっても戻ってこなかったときの彼の言葉を今でも思い出す。
『 あ~~、ザイル付けておきゃよかった。 』



まあ、彼女は無事戻り、2日目、硫黄岳に向かった。








幻想的な北八つの景色は硫黄の手前で消えて、そこからはアイゼンが必要な氷と岩の世界になっていた。

さあ、新人彼女、怖くて足が出ない。
後ろに続く私がピッケルを刺して足場を作ってあげるのだけれど、怖いからへっぴり腰になってしまって体が持ち上がらない。
ず~~~~っと停滞する彼女の足元を滑落しないようにかばい続けた私の口の周りはその後、凍傷で真っ黒になった。

横岳を通って赤岳に行けたらいいね、と話していたのだが(そのためにザイルも2本持ってきていた)、全く無理なのに全員すぐ気付いた。
硫黄からそのまままっすぐ赤岳鉱泉に下りることに決めた。

その道で雪崩に遭遇した。
前から来た人とすれ違った直後、踏み痕が消えて全員雪にぶすっともぐりこんだ。
周り中やわやわでどこにも当たらない。
どんどんもぐっていく。
樹林帯の中をゆっくり流れる雪崩だったんだと思う。
雪の面にクロールするようにして6m位進んだらまた踏み痕があって普通に歩けた。
樹林帯は雪崩れないと思っていたので本当に驚いた。








赤岳鉱泉について、『 〇=〇〇!!』、山岳会のコールを大声で叫んだのだが何の返事もない。
おかしい。
14日には岩稜を登るチームも、氷瀑を登るチームも、赤岳鉱泉のテントサイトでみんな集まるはずだったのに・・・。

いくら呼んでも返事がないのでテントを一つ一つ見に行った。
すると・・・テントは何張りも張ってあるのだが居るはずの人がいないのを発見した。

どうしたの??
何があったの??
一晩私たちは眠れない夜を過ごした。

翌日、元気なみんなに会えたからよかったけどね。



実は、岩稜登って赤岳についたグループの内、男女2人が東側に落ちてしまったのだった。
雪崩れたのだと言っていた。
残った人たちは、上から探したもののわからず、いったん赤岳鉱泉まで下りたのが、私たちが高見石にとまっていた夜の話だった。
翌日、またみんな赤岳に登った。
確か長く探して戻れず、みんな石室にとまったのだった。

落ちた2人はと言えば、女性の方は、「 私の方が年上なのに、年下の彼を死なすわけにはいかないわ。 」と、雪崩が締まってしまった中から必死で這い出したのだそうだ。
男性の方も、 「 僕は男なんだから、女性の〇〇さんを雪に埋もれて死なすわけにはいかない。 」と、頑張って雪から這い出たのだそうだ。
後でその2人が言っていた。
「 一人だったら死んでいたかもしれない。 」 と。

2人で雪の中で頑張って夜を過ごし、翌日稜線まで登って、赤岳石室に保護された。

日曜日に不安と心配でいっぱいの私たちの前に全員元気に下ってきた。

私たちは、携帯電話も無い時代、テントはあるのに人が全員居ないという怖い思いをしたのだった。





私が顔中凍傷になって真っ黒な顔になってしまった原因の彼女は、私たちが仲間がいないことに右往左往するのを見たからか、その後退会してしまった。





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by obakappu | 2015-03-11 00:00 | 登山 | Comments(0)

動物にはかなわないね

信濃毎日新聞 斜面 10月19日
 

 
 
 
 
 
人間はわからないのだね。
動物から読み取る研究をしてほしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
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by obakappu | 2014-10-19 21:55 | 登山 | Comments(0)

写真を比べていたら

去年の夏に山梨の家に泊まりに来ていただいたN先生が、32年前に初めて南アルプスに登ったときの写真を見せていただいた。
初めての南アルプスに甲斐駒ケ岳黒戸尾根とは!!
黒戸尾根の長さと高度差は日本有数なのだ。
 
 
N先生の記憶では、一枚目は電車を降りた日野春の駅ではないか、二枚目は横手駒ケ岳神社に登った道ではないか。とのこと。
 
甲斐駒ケ岳には横手口と竹宇口の二つの登山口があるが、たぶん横手口だろうという程度の記憶なのだそうだ。
 
 

 

 
 
 
一枚目はわからないけれど、二枚目はすぐに場所が分かった。
山梨の家に入るところにある巨麻神社のすぐ上の砂防堰堤のところ。
 
さて、一枚目は日の春駅だろうか。
 
自分の持っている日野春駅で撮った写真から、同じ甲斐駒に向いた写真を探した。
そうだ!山の形を比べたら、撮影場所がわかるんじゃない??
2枚目も近い場所で撮った写真がたくさんあるはず。
 
 
似た形の山を探したら、あった、あった!! 
写真の中の山の部分だけ切りとって同じ大きさにして重ねてみた。
一枚目。

 
二枚目。

 
ほら、同じ山の形、重なり方でしょ??
 
 
 
 
二枚目は実は50mくらい右前から撮った写真なのだけれど。
 
 
 

黄色い矢印が32年前の写真の撮影場所と方向。ピンクのは4年前の撮影(下の写真)。
オレンジ色はバス停。

 
 
この写真を見ていたら、なんと、同じ建物が日野春駅前に写っていた。
 

アルプス食堂は無くなってしまったけれど、右の建物は同じ。
 
 
日野春で夜行電車を降りて、横手口から登ったこと確定です!
 
 
 
 
 
 
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by obakappu | 2014-09-29 00:19 | 登山 | Comments(0)

木曾の御嶽山が噴火したそうです


 
砂がばらばら降ってくる音が聞こえます。
怖いですね。
頂上では倒れている人もいるようです。
どうか無事に帰ってこれますように。
 
 
 
 
 
 
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by obakappu | 2014-09-27 15:21 | 登山 | Comments(0)

草すべり(北岳)って

芦安山岳館に北岳の模型(ジオラマ?)があった。

それを見て初めて知った。



草すべり(黄矢印)を登ると、大樺沢も見えないし、
小太郎尾根の先の方に出るからバットレス(黄〇)と違う向きにあるとばっかり思っていたけれど・・・

これを見ると、同じ斜面(と言っていいのか)にあるんだね。


   

草すべりコース(オレンジ破線)は、草すべりがちょっと急坂だけれど他はなだらか、というようにガイドには書いてあったと記憶しているけれど、
八本歯コース(黄緑破線)と、「尾根と谷」は全く違うけれど、
こうやって見ると左右に分かれて同じような登り道だったんだ、と今更ながら気づいた次第。

もう、この、黄緑コースは歩けないけれどね。


   


   


   


   


   


 
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by obakappu | 2013-09-06 01:37 | 登山 | Comments(0)

古いなあ



塩大臣が5歳の時、子供たちと北岳に登ってきた。
15年前だ。

その時買ってきたんだったと思う、このカップ。



北岳の高さが3192.4mになっている。

 

頂上の横に、三角点より高い岩盤があるのがわかって、2004年11月、80cm高い3193.2mに訂正されたので、今はこの標高ではない。

今買っても、この数は書いてないよ。

 

 

 

 

 

 
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by obakappu | 2013-03-02 07:54 | 登山 | Comments(0)

古い写真から・・朝日連峰 @山形 '76.6.10~13

はやぶさ半さんが朝日連峰主峰大朝日岳を日帰り登山してきた。
すっごーい。

 

30年以上前にぷーままは大朝日岳まで2日かけて登ったのだよ。

あまりいい写真ではないけれど、ちょっと載せてみます。

 

 

 



上は山形駅からサクランボで有名な寒河江を通って終点左沢までの左沢線の左沢駅。
左沢は「あてらざわ」と読む。

きっと今はもっと違う駅舎だろうね。

そこからタクシーで登山口まで行った。

Marikoと女2人。
「 この時期に女2人って珍しいねぇー。ま、お宅らくらいあれば安心だろうけど・・。」
タクシーの運転手に言われた。
「お宅ら」は身長164cmと165cm。
まあ、大女だね。(今は縮んだ。)

 

 

タムシバが咲き、カタクリが咲き、ミズバショウが咲く登山道をひたすら登った。
展望が開けず、「何合目」かを知らせる道標が却って頂上までの遠さを知らせてイヤになる。

 


やっと開けた小さなピークが鳥原山で、池塘(高層湿原の池)に囲まれた鳥原小屋で一泊目。(真ん中に鳥原小屋が写っている)

 

 


白い泡はシュレーゲルアオガエルの卵。

 


ミツガシワの白い花が風に揺れていた。

 

 

 

当時山登りにはマイクロニッコールと言う35mmのレンズを付けて行っていたので景色を撮るとなるとどうしてもつぎはぎ。
そして写真をきれいに撮ると言う意識もなかったし、安い焼付けのせいもあるのか、スライドにした写真はまだしも、サービス版はひどくなってしまった。フィルムが大丈夫なうちにもっと早く何とかしておけばよかった・・・。
だいたい、カラープリントはやっと高校3年生のときに使った、というくらいだから、この時使用経験はやっと4年。プリント代が高くてあまりお試しできなかったし。
まあ、記録的な意味合いで撮っていた写真だからひどいのも当たり前か・・・。

写真の出来には目をつぶって下さい。

 

 

 

二日目、これから登っていく大朝日岳方面を見る。


 

このあと雨が降ったり、霧が出たり。
大きな雪渓の上で霧に巻かれた時は実は真剣に怖かった。
ホワイトアウト。
踏み跡もないし、迷う可能性大だった。
偶然、ほんとうに偶然雪渓を登りきったところが登山道だったので迷わずにすんだ。

 

大朝日の小屋はトイレが小屋の中にある、南アルプスのトイレに慣れた私には驚きの小屋だった。

 

 

 

3日目、やっと晴れて振り返った大朝日岳と大朝日小屋。


 

 

金玉水付近を歩くMariko。


 

一年後輩のMarikoは登山サークルのリーダーもしていて、なかなかの豪傑。
何回声をかけても返事がないので大声で呼ぶと、
「 あ!  ごめんなさい。寝てた。」
歩きながら寝るのだ!

大きな山をやるときは、頼もしい相棒だった。

歩くのが遅い私とMarikoは待ち合わせポイントを決めてそれぞれ勝手に歩くことにしていた。

 

 

 


東北の山のお花畑は聞きしに勝る美しさで感激。










この大きな以東岳を越えて大鳥池まで下る。

 

 

(ここからポジフィルム)


大鳥池はクマの毛皮を広げた形。

 

 

けっこう歩いても元気な相棒。

(雪渓の上で元気なポーズを取っている。クリックしてみてね。)

 

 



大鳥池のほとりの小屋につくと山菜採りの人たちがいた。



山奥まで酒を担いで登ってきて、山菜を採り、夜それをつまみに飲むのを楽しみに毎年来るらしい。

宴会に参加させてもらい(若い女は得だねえ)、 翌日は車で駅まで送ってくれることに(全く・・)。

 

 


翌朝、小屋の前で記念撮影。(古い写真だから顔を隠さなくてもお許しいただけるかと)
大学生の男の子2人も成り行き上一緒に乗せて貰えることに(笑)。
赤シャツのSさんー酒田市在住ーには、この翌年、鳥海山も案内していただいた。
うっかり住所とかなくしてしまって、今は連絡が取れない。
Sさんのジープに乗って、四駆の楽しさを知ったと言うのに。

 

下山後の大鳥池から一般道までがすごい道だった。
川に渡る橋がないところが何箇所も。


倒れた大木にロープをかけ、足場を掘って橋の代わり。








 

鶴岡の町まで出るのに一日がかり。
いやー、東北の山は深いね。

もっといきたかったなー、他の山も。

 

 

 

 

 

 
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by obakappu | 2011-08-15 13:28 | 登山 | Comments(0)

北岳山荘 第一号宿泊者

↓のエントリーの今朝光さんの新聞と同じ日にぷーままも新聞に載った。

昭和53年(1978年)7月2日の山梨日日新聞ですよ。


↑ここのところ。

 

 

 

 


おほほ。「さくら」ですけどね。

 

 

 

 













大好きな「私の北岳」に、残念ながらこのあと、あまり行く機会はなくなった。
この後、3回しか登っていない。

 

 

 

 

 

 
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by obakappu | 2011-01-20 08:00 | 登山 | Comments(0)

北岳の主 逝く

今日、一枚のはがきが届いた。

「 寒中お見舞い申し上げます 」 で始まるそのはがきには、ぷーままが青春を過ごした北岳の稜線小屋の主、深沢今朝光(けさみつ)さんの去年の逝去が記されていた。

 

 

 

 



稜線小屋には三人の親父さんがいた。
今朝光さん、富盛さん、丑雄さん。
富盛さんと丑雄さんは、もう数年前に鬼籍に入られた。
今朝光さんが逝かれて、ああ・・・確かに一つの時代が終わったのだね。

 

 

今朝光さんは、登山がブームになどなる前から北岳に登り、登山道を整備し、山小屋を作った。
沢山の遭難者を救助し、沢山の登山者に思い出を作った。

稜線小屋は山梨県の持ち物だった。親父さんたちが入札して借り受けているのだと当時聞いた。
昭和53年(1978年)6月、稜線小屋は山小屋としての営業を終え、北岳山荘にその役目を渡した。
今朝光さんは北岳に残り、山荘の一従業員となった。
その後も、北岳にシベリアなどに分布するヒメヤナギランを発見し、この写真では「富士山に笠雲がかかり,同時にその東につるし雲が存在しているのは極めてめずらしい 」と写真家をうならせた。


 

 

 

北岳山荘オープン前夜、芦安音頭を歌う今朝光さん。当時44歳。


 

 





 

 

合掌。

 

 

 

 

 

 

 

 
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by obakappu | 2011-01-19 01:37 | 登山 | Comments(6)

正月合宿

>>

もう31年も昔の正月の山の写真。(今回の写真は同行のMさんとNさんによるもの)
何年前かを計算するとため息が出るね。

このころぷーままは、銀座に拠点を置く労働者山岳会所属の山の会に入っていた。
精鋭たちは岩や沢を登り、冬の岩壁を登っていた。

 



ピンボケの写真だけど、出発点をちょっといったところ。
立山黒部アルペンルートの出発点(長野県側)の扇沢夏場はここからアルプスをくりぬいたトンネルを走るトロリーバスが出発する。
私達は、その、くりぬかれた北アルプスの山に登るのだ。

 

山の会では、一日早く精鋭が針の木雪渓を攻めて稜線をたどっている。
私達は初心者を含み、分散した精鋭をバックアップ出来るグループだ。
何かあったときは、二手に分かれ、ベテランがサポートに行ってしまう。
だからテントも二張り。

この日は黒部ダムを臨む稜線まで登ったんだと思う。(記憶が・・・)

 

雪がしまっていることを望んだ。ラッセルが続くと、稜線に何時につくかわからないことになる。


(長い赤いザックを背負っているスカイブルーのヤッケがぷーまま)
幸い、雪は深くても腰辺りまでで、予定通り稜線に近づいた。





稜線は風が吹きすさぶので、稜線を一段下がったところにテントを張る。
なだれないところを探すのにけっこう経験を必要とする。
特にここらへんの稜線は強風時に雪庇(せっぴ・・・雪のひさし)がでて、それこそ踏み抜いたら命がない。
どこまでが稜線でどこからが雪庇なのかを見抜かなくてはならない。

 

 

この写真は翌朝のテント撤収のときのものだが、こういう、風邪を防ぎなおかつ安全な場所にテントを張るのだ。


今のテントとは形式が違い、冬用のテントは中にもう一枚内張りというのを張って、寒さを少しでも防ぎ、なおかつ結露を防ぐ。
それでも夜中に寝ているみんなの息がテントで凍り付いてシュラフの上に降って来る。
朝起きるとみんな真っ白になっている。

 

 

左のブルーのテントはぷーままの私物。
カモシカスポーツの名品「エスパース」だよ。
汗臭い、煙臭いテントは大嫌い。なので、自分のテントを買った。毎回家に帰ると洗って干す。だから臭くないのだー。

 

 

 

テントの上の斜面に穴があいているけれど、ここは前日、テントを張っているときに突然崩れて人が現れたところ。
いやー驚いた。
突然目の前に人が現れるって、ほんとうに背筋がぞーっとした。
実は、数日前からここに雪洞を掘っていた人たちがいたのだね。
普通は、上から人に踏み抜かれないようにピッケルだのスキーだのを挿してそこに人がいることを知らせるんだけれど、彼らはやっていなかったのだ。
私達がテントを張る音に気付いて、あわてて外にでてきた、というわけ。
危機一髪だったね。

 

雪の中では音が吸い取られてしまって聞こえないことが多いのだから。

雪洞は、重いテントを持たないですむし、テントよりずっと暖かいので、慣れた人はとてもいいらしい

 

 



翌朝、テントを撤収して稜線に登る。
けっこうな斜面だ。






朝日の差す稜線を歩くのは気持ちいいけれど、何せ寒い。
足の指先や、手の先が冷たいを通り過ぎて、痛い。
登山靴の中で足の指の運動をする。


この手前の右側が雪庇になっている。
端を歩いたら踏み抜いて黒部湖に落ちていく。

 

 




この小屋で他の2パーティと合流する予定。

この夜、新人のO君のご飯の炊き方レクチャーが有って面白かった。
なかなかの方法で、私は今でも鍋でご飯を炊くときにその方法を使っている。

 

無事他のパーティと合流できて、翌日は爺が岳、鹿島槍が岳、と登頂する。









 

 

3パーティ合流したからすごい人数になった。




 

下山ルートは爺が岳の南尾根。



 

下り口はあっていたはずだ。
下るうちに降り出した霙(みぞれ)と、、雪の深さと、霧も手伝って、ルートを難しくした。
おそらく半分下ったくらいでコースを外れた。



やぶこぎ、がけくだり、シリセード、いろいろやりながらやっと下った。
途中雨になるほど気温が高くなった。
樹林帯を下ったのは正解だった。
苦労はしたけれど、雪崩の危険がない。

 

 

扇沢に着いたときはみんなびしょぬれだった。

 

 

 

 

 

(写っている中のお二人は、それぞれ数年後に山の単独行で亡くなられた。単独行は危ない。)
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by obakappu | 2011-01-06 01:27 | 登山 | Comments(0)